
「在宅していても、インターホンが鳴らずに置き配されていた」「置き配された荷物が雨ざらしにされていた」「これまで対面受取が標準で置き配はオプションだったのに、いつの間にか置き配が標準に変わっていた」
いままで荷物は手渡しで受取っていたのに、このような扱いに変われば運送品質の低下を感じる人も多いのではないでしょうか。
そしてそのクレームは、宅配便事業者に向けられるものです。しかしそれは本当に宅配事業者の負う責任なのでしょうか?
この記事では、現行の「標準宅配便運送約款」を読み解きながら、宅配便の受取りについての考え方を知っていこうと思います。
実際、これまで手渡しが原則でした。しかし政策として、再配達率を下げるため、置き配を標準にしようという国の検討が始まっています。これは消費者としては大きな変更なので、個人的にも関心があります。
この記事の対象者
約款とは、事業者が不特定多数の顧客と大量に、迅速・効率的に取引を行うために、あらかじめ定めておく定型的な契約条項のことです。
運送約款とは、運送事業者と運送委託者との間で締結される契約の内容を定めた規定です。
運送事業者が運送約款を定めた場合は、国土交通大臣の認可を受けなければなりません。
ただし、国が用意した標準運送約款を適用する場合は、あらかじめ認可を受けたものとみなされます。
標準運送約款には、貨物自動車・宅配便・引越・軽自動車・軽自動車引越・霊きゅう・貨物自動車特定信書便・貨物軽自動車特定信書便の8種類があります。
わたしたちが通販で商品を購入すると、通販会社から商品が届きます。一見すると、通販会社と消費者の間に直接的な契約があるように思えますが、実は少し複雑です。
この話しで登場する契約は売買契約と運送契約です。
通販の契約は「売買契約」です。通販会社(以下、「EC事業者」という)と購入者(以下、「消費者」という)の間で売買契約が締結されます。
たいてい、この売買契約には、「購入した商品を、EC事業者は消費者に届ける」という条項が含まれるはずです。それでEC事業者は消費者に、購入物品を届ける義務を負います。
そして、EC事業者は宅配能力がない場合は、運送事業者と「運送委託契約」を結んで、購入物品を届ける義務を履行します。
運送契約の当事者は運送委託者と運送受託者(運送事業者)になります。運送委託者は「運んでほしい」という依頼主になるので、発荷主 or 着荷主になるでしょう。
すなわち、運送契約(約款)の当事者はこの2者になります。2者の間で、「荷物をこのように運んでほしい」という合意が交わされるはずです。
その合意には、荷物を購入者に渡す場所・引渡し方法の指定があります。
つまり消費者は「売買契約」については当事者だけども、「運送委託契約」においては第三者となります。
そして運送事業者も「運送委託契約」については当事者だけれども、「売買契約」においては第三者となります。
この立場の違いが、トラブル発生時の責任の所在を考える上で非常に重要になります。後でまた出てくるので覚えておいてください。
標準宅配便運送約款は、以下のような内容になっています。(概要)
荷主には荷物を発想する「発荷主」と、受取る「着荷主」があります。
着荷主は、宅配であれば身に覚えが無くても荷物が届くこともあります。でも不在だったり、荷物が届いたとしても、荷物が破損していたり、などのリスクがあります。
宅配便約款では荷物の取扱いについての記載があります。これを着荷主のリスクと考えると、下記の表のようになります。
リスク内容 | 詳細 |
@不在による保管・遅延リスク | 荷受人不在時は不在票を残して営業所保管される。隣人預けや長期保管後の処分もあり得る。長期保管中の変質等は補償対象外となる場合がある。 |
A受取拒否・所在不明時の処分リスク | 受取拒否や所在不明の場合、荷送人に処分指示を求め、その後売却や廃棄される可能性。 |
B補償上限による不足リスク | 損害賠償は送り状記載の責任限度額内。高額品の場合、全損害が補填されない可能性。 |
C免責事由による補償対象外リスク | 天災、交通障害、不可抗力火災、荷物の性質による変質、荷送人・荷受人の過失などは補償されない。 |
D荷送人の記載不備による補償対象外 | 壊れ物や腐敗しやすいものなど、特段注意が必要な荷物でも荷送人が記載せず、かつ運送人が知らなかった場合は補償されない。 |
E損害通知遅延による請求権消滅 | 受領後14日以内に損傷通知をしないと請求権が消滅(例外あり)。 |
F請求期限(除斥期間) | 補償請求は引渡日から1年以内に裁判上の請求をしないと権利が消滅。 |
G部分免責の可能性 | 遅延の場合の補償は運賃等の範囲内など、損害の一部しか補填されないケースがある。 |
H第三者渡しのリスク | 荷受人不在時、同居者・管理者・隣人への引渡で受領扱いとなり、紛失等があっても荷受人が不利益を受ける可能性。 |
上で説明したとおり、運送約款はEC事業者と運送事業者の間で締結されるものです。そして荷物の受取完了後(配達完了後)、運送会社は運送委託を完了するため任を解かれ、荷物に係るリスクは着荷主が負担することになります。
着荷主たる消費者は、荷物を受け取ると、中身を確認(検品)する義務があります。荷物に毀損があるリスクを負うのですが、そのクレーム先は運送事業者ではなく、EC事業者にしか向けることはできません。
※運送委託契約上の運送事業者の過失は、当然、運送事業者が負います。
(注釈)
着荷主の管理責任は受領後に即発生します。特に損傷確認の遅れは請求権を失う大きな要因です。
補償上限(責任限度額)と免責事由の理解は必須です。高額品やデリケートな品は、事前に追加保険や特約の検討が必要です。
不在時対応は、委託預け(隣人等)によるトラブルリスクを含むため、不在票の確認と早期受取が重要です。
遅延補償の範囲は限定的で、事業利用(イベント商品や販売品)では損害全額が補償されない可能性が高いです。
この標準宅配便運送約款には、いわゆる「置き配」という言葉は出てきませんが、次のような不在時の、実質的に近い規定があります。
が該当します。
同居人や管理者、隣人に引き渡した時点で荷受人への引渡し完了とみなされ、以後の滅失・損傷は荷受人の責任となります。
このルールを「置き配」に当てはめて解釈すると、置き配が完了した時点で、運送事業者の責任は終わり、その後の荷物の盗難や損傷は、荷受人である消費者の責任となる可能性が高いのです。
リスクの種類 | 具体的な内容 | 対策 |
受領後の損傷・紛失 | 置き配指定後、荷物が雨で濡れたり盗まれたりしても、原則として補償対象外となる。置き配場所を安全な場所に指定する。 | 防犯カメラの設置も検討する。 |
高額品の補償不足 | 運送事業者の賠償額には上限(責任限度額)があるため、高額品の補償はされない可能性がある。 | 高額品を購入する際は、ECサイトや運送事業者の追加保険・特約を確認する。 |
損傷確認の遅れ | 荷物を受け取ってすぐに損傷を確認しないと、後から補償を請求できなくなることがある。 | 荷物が届いたらすぐに開封し、中身に問題がないか確認する。 |
標準宅配便運送約款では置き配について直接記載はないけれど(令和7年8月時点)、置き配された時点で受取完了として運送事業者の責任は終了し、その後の毀損は消費者の危険負担と解釈できそうです。
つまり置き配後に「雨ざらしになる」「盗難される」というリスクは、消費者が負うことになりそうです。
では、EC事業者がWebサイト上で、荷物の標準受取方法を「対面式」から「置き配式」へ約款を変更し、一方的に変更することは許されるのでしょうか?
ここではEC事業者が一方的に受取方法を変更した場合の責任構造を見ていきたいと思います。
民法第555条(売買)では、EC事業者は目的物を引き渡す義務を負います。
民法第400条(債務の本旨)により、引渡方法は契約内容に適合しなければならず、合意した受取方法から一方的に変更すると債務不履行になります。
消費者契約法第10条は、消費者の利益を一方的に害する条項を無効とします。標準が対面受取と認識されている状態で置き配に変えた場合、次の理由で無効を主張することができそうです。
取引条件の重要変更(受取方法含む)は事前に明確にわかりやすく通知しなければ意味がありません。Webサイト上で目立たない形でしか表示しなかった場合、説明義務違反または表示義務違反にあたるおそれがあります。
もし消費者が誤認したまま置き配にし、置き配後、荷物が毀損(例:雨ざらしや盗難)が生じれば、EC事業者は、民法第415条(債務不履行)または第709条(不法行為)による損害賠償責任を問えそうです。
運送人は、荷送人(EC事業者)の指示通りに引渡しを行っており、その方法が運送委託契約上有効とみなされれれば、責任免除(約款第22条、第23条)となります。
逆に、EC事業者と消費者との合意がない受取方法だったとなれば、そもそも「引渡完了」していないとして運送人の責任が残る可能性もあります。しかしこれはかなり例外的です。
EC事業者の責任
運送事業者の責任
ただし、極端に不適切な場所(公道、私有地外など)で置き配した場合は過失責任が問われる可能性がある。
消費者の自己責任はほぼ否定される
EC事業者が置き配を標準化する場合は、
これは購入フローや注文確認メールなど取引直前で必ず目に入る形で通知する必要があります。
消費者が「旧条件だと思っていた」と主張できる余地がある限り、毀損事故はEC事業者負担となるリスクが高いです。
運送事業者は
ことを徹底する必要がありそうです。
「不在で再配達をしたくないから置き配をした」などということは、EC事業者との運送契約違反となり、毀損事故は運送事業者事業者負担となるリスクが高いです。
今後、置き配がさらに普及していく中で、各当事者が取るべき行動をまとめます。
置き配の標準化は業務効率性向上というメリットがある一方で、消費者保護の観点から慎重な検討が必要です。
各当事者が適切なリスク管理を行いながら、より良い宅配サービスを構築していくことが重要となるでしょう。